EC サイトのリニューアルには、独特の怖さがあります。
デザインが新しくなるのは歓迎される。けれど公開の翌日から、現場は今までどおり出荷しなければならない。在庫の数え方が変わる、商品の登録手順が変わる、セールの出し方が変わる。そのたびに現場は止まり、「前のほうが良かった」という声が出ます。
プロテインメーカーのアルプロンで公式 EC を Shopify へ移行したとき、制作より先にやったのは、現場が普段どう EC を回しているかを聞くことでした。
この記事は事例の一部です国内のプロテイン/サプリメントメーカー、株式会社アルプロンの EC 事業再建(2021〜2022 年)のうち、EC 基盤の作り直しを詳しく書いています。humbulls がオンライン事業部の統括を受託していた時期の仕事です。年間約 1 億円の広告赤字を抱えた状態から、広告費を 8 割削って EC 売上を前年比 130% にした案件です。 アルプロン 導入事例の本編を読む →
移行の前に、何を聞いたか
当時のアルプロンの公式 EC は、MakeShop で購入したテンプレートで動いていました。見た目に素人感があり、ブランドを毀損しかねない状態です。Shopify への移行が相談の出発点でしたが、テンプレートを買って載せ替えるのではなく、フルオリジナルで構築する提案をしています。この EC が後々「施策を載せる土台」になるからです。
設計に入る前に実施したのが、Shopify 運用業務整理というヒアリングでした。シートに書かれた目的は一行です。
リニューアルプロジェクトが運用フローを崩してしまわないようにすることが目的です。
聞き取りは 2 種類に分けて設計しました。
日常的に発生する作業
在庫管理、商品登録、お知らせの追加、ページの追加、デザイン変更。毎日繰り返されるので、少しでも手間が増えると効いてきます。
きっかけがあって発生する作業
新商品の発売、既存商品の在庫処分、季節のキャンペーン。頻度は低くても手順が複雑で、担当者の頭の中にしか残っていないことが多い。リニューアルで消えるのは、たいてい後者です。
「Shopify の外側」に理由がある運用を探す
このヒアリングで特に確認したのは、Shopify の中だけを見ていても分からない運用でした。ヒアリングシートには、具体例が 2 つ書かれています。
ひとつは、在庫管理の都合で、同じ商品を別商品として登録しているケース。EC の画面上は同じ商品に見えても、特別価格のときは別の商品として登録しないと在庫が合わなくなる、という事情がありました。
もうひとつは、画像の作り方。割引キャンペーンのクリエイティブは楽天など他のプラットフォームとも共通で使っているため、商品登録のときに画像を分割して登録する、という手順になっていました。
どちらも、Shopify の管理画面だけを眺めていたら「非効率な登録方法」に見えます。新しい EC で「きれいに」直してしまえば、在庫が合わなくなるか、他モールの運用が崩れるかのどちらかが起きます。
賞味期限が近い在庫をセールにかける運用、通常のセールとの使い分けについても、同じように聞き取りました。食品を扱う EC では、賞味期限は在庫管理そのものです。
商品の命名規則も確認しました。既存のルールを把握しないまま新しい規則を作ると、過去の商品データが全部きれいに並ばなくなります。
フルオリジナルで構築した EC。テンプレートの載せ替えではなく、商品のカテゴライズ動線・定期購入・実店舗との在庫連携まで実装しました。
聞いたことを、どう設計に反映したか
棚卸しで出てきた運用は、そのまま「残す」「直す」「別の形で解く」に振り分けました。判断の基準は、その運用が Shopify の外側とつながっているかどうかです。
外側とつながっているものは残します。在庫システムや他モールの都合で決まっている手順を EC 側だけで直せば、必ずどこかが壊れます。逆に、旧 CMS の制約でそうなっていただけの手順は、新しい基盤で解消できます。
この振り分けをしてから、フルオリジナルで構築しました。作ったのは、目的から探せる商品カテゴライズ動線、標準機能では組めないリッチなブログエディタ(プラグインを活用)、定期購入の仕組み、そして EC と実店舗を合わせた在庫管理システムとの繋ぎ込みです。
最後の在庫連携が、この移行でいちばん重い部分でした。EC 単体で完結する設計にすれば実装は軽くなります。ただ、そうすると「オンラインで何個売れたか」と「全社で何個売れたか」が別々の数字のまま残ります。事業の判断に使える数字にならない。
切り替えの前に、操作を渡した
設計をどれだけ丁寧にやっても、公開の翌日から触るのは現場の担当者です。新しい管理画面で、これまでと同じ作業ができなければ意味がありません。
そこで、引き渡しにも手をかけました。操作手順を画像つきのマニュアルにまとめ、あわせてオンラインで操作説明のミーティングを開いて、その場で実際に触ってもらいました。このミーティングは録画しています。後から入った人や、忘れたときに見返せるようにするためです。
結果として、切り替えは大きな混乱なく進みました。
マニュアルと録画を残したのは、担当者が代わっても運用が続くようにするためです。引き継ぎのときに「前の人しか知らない手順」が残っていると、そこから運用が崩れていきます。
この移行から言えること
EC のリニューアルで失敗する理由は、たいていデザインや機能ではありません。新しいサイトが、現場の運用と噛み合っていないことです。
そして運用は、管理画面を見ても分かりません。「なぜこの商品は 2 つ登録されているのか」は、担当者に聞かないと在庫管理の都合だと分からない。制作側から見れば非効率でも、その会社の中では理由があってそうなっています。
新しいものを入れるとき、humbulls が先に確認するのはいま何が動いているかです。壊していいものと、壊してはいけないものを分ける。これは EC に限らず、CRM でも業務ツールでも同じ順序でやっています。
そして最後に、現場が触れる状態にして渡す。設計だけ正しくても、操作が渡っていなければ運用は止まります。
なお、この提案にはもうひとつ特徴がありました。提案書を出したその日に、公開後のグロース運用の提案書も一緒に出しています。作って納めるところで終わらせない提案の仕方が、のちに EC 事業部全体の統括につながりました。その経緯は本編に書いています。
この土台の上で、何を回したか
作り直した Shopify は、その後の施策を載せる土台になりました。新商品を出すたびに LP を作る工程も、この上で型にしています(色とテキストの差し替えで展開できる商品 LP の型)。
同じ時期に、工場の設備条件から BtoB の新規事業も立ち上げました(工場の設備が、そのまま売り物になった)。こちらは EC の外側の話です。
この移行は、アルプロンの EC 事業再建の一部です。広告費を 8 割削りながら売上を前年比 130% にした全体の流れは、本編の事例記事で書いています。
これは AI 活用が本格化する前、2021〜2022 年の仕事です。同じ考え方を、いまは AI との共創で当時より大幅に短い期間で回しています。
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